会社なんかに頼らずに自分の力で生きる力を得るための情報をお届けします

当ブログ管理人「もりてつ」の自己紹介

複業と在宅ワークで自由な人生を実現する

はじめまして、もりてつです。

 

僕は、ネットビジネス歴13年のアラフォー中年です。

しかも、最終学歴は中卒。

はっきり言って「何もない」オッサンです。

 

僕が中学生の頃は、まだギリギリで「不良」とか「ツッパリ」とか最後の時代でした。

はっきり言って、真面目に勉強したい中学生にとっては本当に迷惑な時代だったと思います。

真面目に勉強なんてしてれば「ガリ勉野郎」とナメられバカにされるような時代です。

「ナメられたら終わり」という時代でもあり、学力より腕力がモノを言う時代でした。

 

ボンタン(若い人は何のことかわからないでしょうね)とかリーゼントとか剃り込みとか...。

そんな恰好をして、田舎町を闊歩してイキりまくっていた10代前半でした。

隣町の中学校と「抗争」みたいになって(今思えば“戦争ごっこ”のノリでしかなかった)、

それはもうガキながらに物騒な時代を過ごしてきました。

 

そんなことやってたから勉強なんて全くせず、

行ける高校なかったわけでもなかったけど、

ワルが集まるスクールウォーズ状態みたいな高校しかなく、

情けないことに中学時代から目をつけられていたワルの上級生たちが待ち構えているような状態。

 

そんな高校に進学するなんて、全裸でオオスズメバチの巣に突入するようなもんでした。

結局進学せずに、工事現場作業や板金工などいろいろやるも続かず、

唯一続いた和食系ファミレスの厨房も最後は料理長的立場の陰湿なオヤジと不仲になり辞めさせられることに。

 

手に職もつけられず、何をやってもダメで特にアテもなく18歳になり田舎から上京。

マジで薄っぺらのボストンバック1つでほとんど荷物持たない長渕剛みたいな状況で北へ北へ向かいました。

まぁ東京に親類がいて、そこに住み込んで仕事を探すことになっただけなんですけどね。

 

アルバイトなんてやってても先が続かないだろと言われながらも、

田舎とは桁違いの時給に興奮して応募しまくり。

当時は履歴書なんて書かなくても雇ってくれる緩い時代だったから、中卒というのもバレずバイトなら結構採用されました。

 

ありとあらゆるバイトをやるものの、結局肉体労働ばっかりで、

特に〇チレイの冷凍倉庫でのコンテナ荷下ろしとか、〇川急便の某倉庫での巨大荷物仕分け作業とかかつての土方や板金よりキツく、

もっとラクなバイトをしたいとanとかフロムAとか読みまくって、事務系のバイトを目指すもさすがに学力なさ過ぎて全滅。

 

しかし、「テレアポ」のバイトならほぼフリーパスみたいな感じで採用してもらい、

こっちも座って電話かけるだけだから肉体労働よりずっとラクだと喜んでいました。

しかも時給もなぜか肉体労働より高いからより一層喜んでいた。

 

しかし・・・実はそこは当時超有名な悪徳ブラック系通信企業。

もうオフィスは常に罵倒が飛び交い、アポが取れなきゃ壮絶に罵られ3日と持たない恐ろしい環境でした。

“元ツッパリ”と言っても、現場の社員(怒鳴ってばかりいる人たち)もどう見ても元ヤン。

はっきり言って、使う言葉の表現とか拳とか見るとわかるんですよ・・・「あ、この人ワルだったな」って。

 

もう怖くて怖くて、さっさとやめようかと思って、開き直って「どうぞ断ってください」的スタンスでトークしてたら、

なぜか不思議とアポが取れる取れる...。

 

おかげで、現場社員から認められて1つのシマのリーダーを任されるようになり、

私服だったのがスーツを着て出社させられるほどになり、

スーツは下町の安い服を売っているようなわけのわかんねー店で上下2,980円くらいで買えたやつでした。

 

電話営業をずっとこなしていくうちに、自分にはなんとなく営業センスがあることがわかってきて、

アポが取れる“嗅覚”みたいなものまで養われていくのを感じていました。

 

1年近くした時に、正社員として雇用してもらえるみたいな話がついにやってきました。

まだ今と違ってそこまで不況じゃなかった上に、ちょうどITとか通信回線のバブル到来前くらいの時期でしたからね。

 

ただ、その会社はいろいろ問題を起こして業績が凄まじく悪化してしまい、

結局事業縮小みたいな形になってそのオフィスは解散になってしまい、

正社員の話もお流れに(涙)

 

しかし、そこで得た経験から「オレには営業しかねぇ」と、営業系の仕事の面接を受け捲りました。

しかし、やはり中卒が引っ掛かり、ほぼ全滅か、採用されても完全歩合制という極めて不利な条件でしか雇ってもらえるところがなかった。

 

それでもめげずに・・・3ヶ月くらいかなあちこち面接しまくり(ちなみに、当時は面接するだけで千円とか時には2千円とかもらえました)、

やっと見つけたのが基本給+歩合給という支払い形態のリフォーム会社の営業職。

その会社は完全に実力重視で、学歴一切不問で面接で何か光るものを感じた人間を雇うやり方でした。

 

僕は社長に気に入られたみたいで採用されます。

仕事は、完全新規開拓の飛び込み訪問セールス。

普通に考えればほとんどの人が嫌がる仕事ですが、仕事がない僕にとっては当初は嬉しくて仕方なかったです。

 

その会社はちょっと独自のPR方法を持っていたので、飛込みセールスでも結構契約が取れました。

成績は同期の中で常にトップをキープし、社長からも可愛がられやっと自分にも人並みの幸せが来たのかと思っていました。

 

しかし・・・、良い時って長続きしません。

その頃、判断力や認知力が衰えたお年寄りを狙い撃ちした悪質リフォーム営業が社会問題化して、

一気に訪問セールスをしているリフォーム会社に対する風当たりが強くなりました。

 

だんだん、インタホンを押しても出てくれなくなったり、

露骨に罵倒されたり酷い時はいきなりコップの水を顔にぶっかけられたことさえありました。

 

あと、インタホンカメラ・・・あれって自分の部屋にあるのはものすごく便利ですが、

訪問セールスをやっている側からすれば悪夢のような機器です。

 

インタホンを押すと、こちらの姿を家の中から確認できるわけで、

「あ、セールスだな」と感じたら居留守してれば良いわけで。

 

このインタホンカメラの普及もどんどん進んでいき、

「話をできる機会」が激減して契約が一気に取れなくなってきました。

 

すると、それまで僕を可愛がってくれていた社長の態度が急変。

毎日毎日、終業後の「報告会」ではネチネチと1時間近い嫌味と罵倒。

それだけで終わらず、その後は強制的に飲み会に付き合わされ、

その飲み会でも嫌味と自分の過去の栄光話(称賛しないと不機嫌になる)ばかり。

 

ただでさえ、訪問セールスでキツい対応をされまくり精神的に辛かったのに、

ワンマン社長のパワハラがどんどん強まってきて、

仕事に行くのが嫌になってきていました。

 

そして、何より辛かったのが同期連中の嫉妬や敵対心です。

社長は露骨に社員同士の対立を煽り、大きな契約を取った社員は褒めまくり、

契約が取れなかった社員は欠陥人間と言ってるに等しい酷い嫌味を浴びせかけ続けました。

 

こんなことが続くと、誰もが社長に嫌味を言われるのが嫌だからと必死に張り合うようになります。

そんなピリピリした状況下でも、まだ成績では僕がトップでした(それでも取れなかった日は嫌味言われまくります)。

トップの僕には同期全員の嫉妬がモロにふりかかってきて、常に敵意剥き出しみたいな雰囲気になり、足を引っ張ろうとしてくる人もいました。

 

あらゆる人間関係に疲れて、精神が擦り切れて、会社にいるのが苦痛で仕方なくなりました。

精神力はどんどん削られて、突然身体が異常に熱くなったり動悸が激しくなったり、

夜1時間程度しかそれも半分起きてるような浅い眠りしかできない睡眠障害など様々な不調が出ました。

 

診察してもらった結果、自律神経失調症ということでした。

それでも僕みたいに零細企業に勤めている人間は、仕事を辞めることはもちろん、休むことさえ困難です。

休職手当なんてものはありませんから。

 

その頃はもう親戚の家を出て一人暮らししていて、

親戚の家には僕が出た後に叔母方の母親(僕と血の繋がりがあるのは叔父だから祖父母ではありません)が要介護のために住んでいて、

狭い東京の家にもう僕が住める部屋はなくなっていました。

 

田舎にも両親とは不仲になっていて、戻ることもできない。

転がり込める恋人すらいない。

友達はいるけど、さすがに面倒なんて見てくれる余裕のある友達はいない。

友達なんて大体自分と同じ収入レベルの人間しか寄ってこないようになってるんですよね。

ちなみに、お金持ちになりたければお金持ちの友達を作るのが最善の方法ですよ!

 

それはともかく、僕は身体が悲鳴をあげていても仕事を辞めることも休むこともできませんでした。

ただ、もう仕事を辞めたくて辞めたくて仕方なった。

その頃、「アフィリエイト」というものの存在を知り、ネットを使えば自分でお金が稼げるということも知り、

実はパソコンに関しては叔父が持っていて基本的にな使い方を教えてくれていたことと、

叔父の家を出る時に古いパソコンを引き取っていたことで、幸いにも自宅にはパソコンがあったんです。

 

そこから必死にアフィリエイトのことを学びました。

でもやっぱり初心者なんですね...

いろんな「稼げます!」的な情報に目移りして手当たり次第に手を出してはどれも中途半端に終わってしまいました。

 

何をやってもすぐに稼げない。

そうなると心が折れてしまいます。

そして作業を投げだして他のことに手を出すの負のスパイラルに陥ります。

 

情報発信者も自分が提供する情報を売ろうとしてきますから必死に射幸心を煽ってきます。

それでもしっかり続けていけば稼げる良質な情報だったら良いですが実態はどれもいくら継続したって稼げない情報ばっかりでした。

 

購入前にはメールの返信も早くて購入後も手厚いサポートを約束していたのにいざ買ったら質問のメールをしても返信が3,4日後とか酷い時は返事すらありません。

「釣った魚にエサはやらない」という姿勢があからさまでした。

 

僕も今となってはお金をもらってサポートしていたこともありますが僕だったら逆なんですけどね。

僕の情報に興味を持ってくれて僕を信用してお金を払ってくれた人なんだからなんとしても稼がせてあげたいと逆に張り切ったくらいです。

 

でも詐欺的な情報発信をしている人たちは「騙してお金を出させるまでが勝負」と考えているようですね。

あなたもそういう人たちに騙されて大金と時間を無駄にしないように注意してくださいね。

 

僕はそんなものに振り回わされて膨大なお金と時間を失ってしまいました。

アドセンス・物販アフィリ・PPC・ポイントサイト・転売(せどり)・中国輸入仕入れ・メーカ卸仕入れ・・・あらゆるものに手を出してきました。

12年の歳月と情報商材・塾・コンサルに100万円以上失いました。

 

結局最後は信頼できる指導者に出会うことができてようやくそんな日々から脱することができました。

もっと早くに正しいやり方を知っていれば20代のうちに成功できたのに・・・と思うと今でも悔しくて仕方ないです。

若い時代を無駄な作業で費やして失ってしまいました。

 

あなたには僕のようになってほしくないんです。

偽善でもなんでもなく自分がものすごく辛く悲しい思いをしたからこそ誰かが同じように苦しんでいるのをほっとけないから。

 

他人であっても誰かが苦しんだり悲しんだりしているのを見ると、なぜだか自分のことのように感じて胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。

だからあなたには絶対に稼いでもらわないと困るんです。

言ってしまえば僕の心の平穏のためにあなたに稼いでもらいたいんです。

 

このブログでお伝えする情報は僕が失ってしまった“若い時代”の代償でもあります。

苦労して失敗し続けたことで知った“血の結晶”のようなものです(笑)

 

それらを知ってからスタートすることで、あなたは無駄な作業をすることもなく最短で成功できるようになります。

正しい情報を知らないで独学で始めた人はほぼ確実に失敗しています。

 

このブログを知ることができたあなたは本当にラッキーです。

あの頃の僕に教えたいと未だにタイムスリップをあきらめきれないほどの情報をこれからあなたにお伝えしていきますね。

 

生きていくのも大変な時代になってしまいましたが、正しいやり方で継続できれば必ず稼げるのがネットビジネスの特徴です。

「あなたの人生を自由にする」ことを理念に、情報を発信し続けていきます。

共に自由になりましょうね!